アンコール王朝の王都として9世紀に始まった大環濠都城の建設は、その後550年間にわたって建設が続けれら、アンコール・トム(都城)、12世紀にアンコール・ワット(大石造寺院)が建設されました。
15世紀に最盛期を迎えたアンコール王朝でしたが、15世紀半ばにタイ(当時はシャム)のアユタヤ朝の侵略をうけ、衰退の一途をたどります。
王都は陥落し、都は各地を点々とすることになりました。
そして、かつてあれほど栄華をきわめたアンコールは都市としての機能を失い、廃墟として捨て置かれることになりました。
ジャングルの奥地で長年の眠りに就くことになったのです。
そのアンコールの遺跡群は今から100年ほど前、ひとりのフランス人博物学者アンリ・ムーオによって再発見されることになったのです。
彼は、1860年にジャングルの奥地、原生林に埋もれたアンコール・ワットを初めて目にしたときの感動を次のように述べています
(『カンボジア・ラオス諸王国王旅行記』より引用):
"森の彼方の広大な地域に、円屋根や五つの塔を見つけた巨大な柱廊をそびえていた。
(中略)紺碧の空のもと静寂の背景をなす森の深緑の上高く、美しくまた荘重なこの建物の力強い線を見出したとき、私はその巨大な輪郭に一種族全体の墳墓を見出したような感じを受けた"
タ・プロームは、発見当時のままの姿を残す寺院です。
12世紀から13世紀にかけてヤバルマン7世が母親を弔うために建立しました。
発見当時のままガジュマルの太い根が張っており、ジャングルのなかで自然と共存してきた遺跡の過去を物語っているようです。
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