海外、特に文化遺跡を訪れるときには、その国・その地域の歴史を知っておくと旅が断然楽しく興味深いものとなるはずです。
○アンコール王朝(=クメール王朝)の台頭とアンコール大遺跡群
5世紀以前、現在のカンボジアは、メコン川中流域、南ラオスのチャムパーサック地方を故郷とするし、後にインドシナ半島を南下しながら、クメール真臘国として発展していきました。
紀元前後からインド文化の影響を受け、港市国家としてインドシナ半島南部に栄えました。
外港のオケオは海のシルクロードの貿易中継点にあたり、インド、中国、そしてローマ帝国とも交流があったといわれます。
その後、5~6世紀頃からクメール真臘国は着実に版図を拡大し、7世紀前半には現在のカンボジアの領土を範囲とするまでになりました。
一時期、国内分裂の危機を迎えながらも、9世紀に再統一されたのです。
9世紀に即位したヤショーバルマン一世はアンコールの地を王都と定め、小丘プノンバケンを中心とした4キロ四方の大環濠都城を建造したのです。
以後、都はヤショーダラプラと呼ばれるようになりました。
これは "ヤショーバルマン王の都城"を意味する言葉です。
その後約550年にわたり、都城と寺院の建設は続いていくことになりました。
それらがアンコール・トム(都城)と、11世紀にスールヤバルマン二世によって建立された大寺院、アンコール・ワット(寺院)をはじめとするアンコール大遺跡群であり、現在多くの観光客が訪れる観光名所になっています。
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