2008年4月1日火曜日

ガンボジアと日本人の交流

カンボジアには、17世紀初めごろからプノンペンやピニャールに日本人町が形成されるなど、古くから日本と交流があったようです。最盛期には、数百人の日本人がこの地に居住していたと言われます。
朱印船貿易によるものでしたが、日本の鎖国以後交流は途絶え、日本人町も消滅したのでした。
また、今では、カンボジアの観光の要所となっているアンコール遺跡群ですが、密林のジャングルのなかから再発見されたのは約100年前のことです。
その世界的文化遺産であるアンコール・ワットに落書きをするなど、とんでもないことですが、実は江戸時代の初めに日本の武士がこの場所を訪れていたことが、遺跡に残された落書きから明らかになっています。

当時、日本人はアンコール・ワットを祇園精舎の遺跡と勘違いしていたようです。
コーサラ国にあったと伝わる歴史的祇園精舎は、実際には今のインドのウッタンプラデシュ州にあったとされ、現在は整備されて観光地となっています。
ところが江戸初期、加藤清正の家臣の子が、先祖の菩提を弔うためにこのアンコール・ワットに仏像を奉納したというのです。
なんとそのことが落書きに書かれていたのです。
祇園精舎というのは、釈尊が説法した僧院です。

1632年にアンコール・ワットを訪れた森本右近太夫一房は、アンコール・ワットの大寺院を見て、その壮大さに圧倒されてしまったのかもしれません。
てっきり祇園精舎と勘違いして参拝し、仏像を奉納しました。
そして墨で壁に落書きを残したようです。

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